高根山岳会

名称 高根山岳会 たかねさんがくかい
設立 昭和34年12月
代表者 大塚 寿
会員数 男:21名 女:14名 計:35名
活動内容 簡単なハイキング程度の山から、やさしい冬山や岩登りまでオールラウンドにこなしている山岳会
集会日時  
会の紹介
昭和34年12月町内の登山愛好者が集い、発会式を行い、昭和35年より高根山岳会の運営が始まりました。当初、山歩きを主体に発足したものが、八ヶ岳山麓と云う地域にあるために地方行政、警察活動に協力を依頼される事になります。戦後15年、当時は3人よれば山岳会と云うほど若者による登山ブームが始まった時代です。
登山道が荒廃している。赤岳を中心に遭難事故が相次ぐ。会が発足までは清里地区の消防団が行っていたものが、会に依頼されるようになりました。登山道の改修、救助活動等、本来の主旨から離れていきました。
地獄谷で事故が多いため、ベースになる小屋をと云う事で、出合小屋の建設をしました(現在と道路事情が違う)。救助活動も多い年は年間6回、1日に2件もの時も、甲斐駒へも二重遭難を含め、数回出動しています。
高根山岳会発足から現在まで、約100回もの救助活動をして参りました。そのためか会の運営もおろそかになりがち、主旨からはずれてきたと云う事で、会員数も減少していきました。それと共に、40年代半ばまでの第一次登山ブームも下火になってきたことは事実だと思います。それから約20年間低迷期のなかでも、気心のあった仲間で山を歩き、事業を実施してきました。
個人で山歩きをしている町民がいるので会員募集をしても応募してこない、若者に話しを聞くと組織に加入してしばられるより、自分の都合のよい時に自由に車でいけるところまで行って登るからとの返事。もの事に対する考え方と時代の違いだと云ってしまえばそれまでですが、組織というものの大切さを自覚してもらいたいものです。
中高年者登山がブームになり始めた頃に思いついたのが女性を入会させて女性会員を複数にしてそれをオトリ(失礼な云い方かもしれないが)にしたらと云う事でした。しかし、その事がブームにのったのか、募集しなくても、口コミで入会希望者が増える結果を生み、現在の会員数(中高年者が多いけれども)になりました。「会員の資格は高根町内在住者又は勤務者にかぎる、会則第5章、第16条」
月例会、山行、事業等に参加者も増え、すべてが明るく賑やかで、低迷期の頃が思い出されるこの頃です。
今年になって、正月合宿、赤岳、横岳、硫黄岳、3月初北入、縞枯山、茶臼山、3月末小楢山、6月金峰山、7月富士山、登山道整備、8月甲斐駒ヶ岳等多数の会員参加の基に実施しています。
又、平成8年に町民を対象にした町民登山を始めたところ、多数の参加者を得て、今年9月には第3回目を行います。来年度は、会発足40周年をむかえるに当たり、機関誌「出合」第12号の編集が始まっています。
行政への協力がかかせない運営の中で、地域山岳会としての使命と、会の発展を願っています。
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