御坂山岳会

名称 御坂山岳会 みさかさんがくかい
設立 昭和25年4月29日
代表者 宮下和男
会員数 男:00名 女:00名 計:52名
活動内容  月例山行 冬山合宿 春山合宿 夏山合宿 市民バスハイク
集会日時  毎月11日
会の紹介
当山岳会の発足は、昭和25年4月29日の天皇誕生日に、初代会長の伊藤堅吉・第3代会長の野口明・安藤元雄・馬場金五郎の4氏による、御坂山岳会創立第1回山行が御坂山塊の十二ケ岳、桑留尾のササッパ沢遡行登山によりスタ─トし、この年度において25回の山行を行い、翌26年度において36回、27年度に初総会を開いて役員・会則の制定を行い、公認山岳会の手続きを完了し、会員も百五十名を超え、会報「御坂層」を創刊した。(台字は故中村星湖氏)以後、昭和30年度までに月刊機関誌として毎月発刊され30号を超え、また山行も150回を数えるまでに活発になっていた。
スタ─ト時の会則によると、本会の目的は「大自然を愛する者によって組織し山岳を各面から観察研究して文化向上に資するを目的とする。」ことであった。その後、山登りがスポ─ツ登山として位置づけられるようになり、「大自然を愛するものに依り構成し、山岳を各方面から観察して会員の知識を高め心身の鍛練と相互の親睦を計り、山岳会の進歩発展を目的とする。」こととなった。
昭和29年11月に発生した富士山の学生遭難の遺体捜索に参加し、昭和35年11月に再度発生した雪崩遭難の救助活動にも参加、以後冬の富士山における山岳遭難事故に対して積極的な捜索・救助活動を行ってきており、警察官との遭難者救助訓練も実施してきている。
山登りの特徴として、創成期は富士山周辺の御坂山塊を中心に十二ケ岳や三ッ峠の沢登りや岩壁の登攀が重点的に行われていた。
その後、昭和31年夏頃から北アルプス方面の山行が行われ、35年頃から南アルプス方面への夏山合宿登山が行われるようになり、40年頃から冬山合宿として南アルプス北部(北岳周辺)更に中部(荒川岳・赤石岳)山域に重点がおかれるようになった。
そして、42年及び46年には夏の南アルプス全山縦走が行われた。
この間、38年に当会では初めて山口国体に選手参加し、以後選手及び監督として岐阜・埼玉・福井・長崎・岩手・鹿児島・青森・奈良・鳥取・山梨・京都・北海道・福岡・石川・山形・等に参加してきている。
海外登山としては、45年に台湾山岳会の訪日友好登山隊を富士山及び八ケ岳に案内したことを縁に、訪華友好登山として「雪山」「玉山」への遠征を始めとして、個人でのアフリカのキリマンジャロ、カナダのマッキンレ─、中国のボコダ、ムタ─グ・アタ、ペル─のチョピカルキ、マレ─シアのキナバル、フランスのモンブラン、メンヒ、モンゴルの県山岳連盟中国アムネマチン遠征・等があり、会員の年齢構成としては、20代の新入会員は殆ど見られず、30代以降の中高齢者の団体的組織になりつつある。
近年では、北アルプス方面や山梨百名山の踏破が行われている。
会員募集  下記ホームページ参照
連絡先 下記ホームページ参照  
   
ホームページ http://misakaac.blogspot.com/